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きらめく人たちにインタビュー

第10回日展入選!「陶工房きまま」から工芸美術の部で4作品!!

白井市の陶芸教室 「陶工房きまま」から4人が日展に出品し、全員が入選を果たしました。

市民の方から「第10回日展に『陶工房きまま』の4作品が入選していますよ」との情報をいただき、入選された皆さんを取材しました。

(左から)髙嶌幸広さん、川瀬修平さん、佐々木直子さん、水谷俊雄さん

第10回日展は、2023年11月3日から11月26日まで国立新美術館で開催されました。「陶工房きまま」は陶芸作家の水谷俊雄さんの工房で、教室も開いています。

 

入選された4名のお名前は、第10回日展第4科(工芸美術)入選者名簿(外部リンク)4ページに発表されています。

入選おめでとうございます!

記者:水谷先生も含めて4名の皆さん、入選おめでとうございます。早速ですが、初めに水谷先生にお聞きします。

 

Q:作品づくりの指導で、ご苦労はありましたか?

ありがとうございます! 正直に言いますと、出品者全員が入選するとは思ってもいませんでした。皆さんが本当に頑張ってこられた成果だと思います。中でも、佐々木さんは4回目の出品での初入選ですので、非常に嬉しく思います。

 

作品づくりの指導で特に苦労したことはありません。個々の作品がどうしたら良くなるか、結構好き放題言っていました(笑)。皆さんにはその時々で僕の感じたことを素直に伝えていますので、後はそれを受けて作り手がどう対処するかだけなんです。

 

ただ、僕の言ったとおりにしなくていいんです。自分が思うように作品をつくるために、頑固にならないといけない部分は必ずあると思います。皆さんそれぞれ素晴らしい感性をお持ちなので、それを引き出し伸ばしてあげたい、作品をより良くしてあげたいからこそ「厳しく」言うことはありますね。

作品名:共に照らす

陶工房きまま主宰者:水谷 俊雄さん

作品名:時雨

川瀬 修平さん

Q:3人の皆さんにとって、水谷先生はどういう先生ですか?

水谷先生は「壁」なんです。こちらがわからないことや疑問などを投げかけたときに、先生がどんな反応をするのかで、自分の考え方を整理することができたり、軌道修正ができたりするんです。

 

とにかく、水谷先生はそれぞれの個性を認めてくれますので、私たちにとっては良き指導者です。

作品名:いきざま

髙嶌 幸広さん

作品名:満月の夜に

佐々木 直子さん(新入選)

「陶工房きまま」で作品を造っている3名の作家さんに聞きました!


川瀬 修平さん「時雨」


Q:この作品で表現したかったことは何ですか?

私たちが住むこの地球には、空を見上げれば、月があって大気があって雲があります。今回の作品では、そういう自然の雰囲気を表現しました。
これからも、四季を意識しつつ、空気の湿り気や揺らぎを表現していきたいと思っています。

 

Q:参考にしている作家さん、作品はありますか?

他の作品を鑑賞することはあっても、参考にすることはありません。ただ、興味を持った作品については、試しにつくってみることはあるものの、自分の作品づくりの参考にすることはないです。
 

Q:今後の構想などを教えて下さい。

陶芸を本格的にはじめる前は、絵を一生懸命描いていました。陶芸へのきっかけは、大学時代にあります。当時、友人の一人が陶芸をしていまして、面白そうなので遊びでやらせてもらったことがありました。その後、友人の影響もあって、少しずつながら陶芸に向き合うようになり、現在にいたっています。

 

そのためか、私の陶芸作品には絵画的な要素がどうしても入ってしまいます。これも私の個性なので、今後もそれを生かした作品づくりをしていきたいと思っています。

 

Q:川瀬さんにとって陶芸とは?

陶芸は窯だと思います。窯は、作品の最終工程で使われます。窯焼き次第で作品の善し悪しが決まってしまうと言っても過言ではありません。

私は、自宅に窯を持っていますので、窯焼きのスキルなどを先生から教わり、大変勉強になっています。窯焼きをするときは、絵を描くときと同様に気分が高揚します。

髙嶌 幸広さん「いきざま」


Q:この作品で表現したかったことは何ですか?

私たちは長い人生の中で、さまざまな出来事や問題にぶつかり、葛藤をし続けています。そのために、それらへの対応のために、気づかないうちに、人それぞれの人生模様を描いています。

 

作品は、この様をお腹の中の赤ちゃん(胎児)をモチーフとして表現したものです。純真無垢の姿から人生のカウントダウンに入った高齢者の姿までを一つの作品に集約したものです。ある意味、私の自画像でもあります。
モチーフの胎児は、つくりたいと思っていたイメージに形が似ていたことなどから面白いと思い、改めて写真を見たり、私の子供たちのことを考えながら、作品づくりの構想を練りました。

 

Q:参考にしている作家さん、作品はありますか?

他の作家さんの作品は、なるべく見ないようにしています。自分の中から出てきたものを表現しようと思っています。

 

こう言うと不遜だと思われてしまいかねませんが、“カウントダウンの身”としては、自分の中から湧き出てきた形を表現することに、限られた時間を使いたいと思っているだけなんです。

 

Q:今後の構想などを教えて下さい。

陶芸歴は8年ですが、これまでに土面をテーマとした個展を都内で2回開いてきました。今後もアイデアが尽きない限り、続けていきたいと思っています。


陶芸は奥深く、学ばなければならないことがたくさんあり、残り少なくなった人生、勉強、勉強ですね。

 

Q:髙嶌さんにとって陶芸とは?

私のライフワークは、「言葉による自己表現」です。これまでに、40冊近くの本を出版してきましたが、執筆活動に一区切りをつけて、粘土の手触りに心地よさを感じていた陶芸を新たな自己表現の手段として選びました。
ライフワークに「陶芸による自己表現」が加わり、人生の彩りが増し、うれしいです。

佐々木 直子さん「満月の夜に」


Q:この作品で表現したかったことは何ですか?

波間のゆらぎと珊瑚をモチーフに命の芽生えを表現しました。模様は、満月の夜の珊瑚の産卵をイメージしたものです。満月に照らされた空と海を意識するとともに、芽生えた命への祝福を込めました。


この模様は、6年ぐらい前に偶然生まれたものです。それを施す作業が楽しくて、自分としてはそれで満足していたところがありました。しかし、いくつか作品をつくる中で、自分が何を表現したいのかを考えるようになったのです。


今回の作品では、珊瑚の「生」に着目して、たくさん生まれてほしい、生まれたときにはそれを祝福したいという思いを込めた作品にしたいと考えました。そのために、基本造形を卵型のような丸い形にしました。

 

Q:参考にしている作家さん、作品はありますか?

「人」よりも「自然」を参考にしています。

自然の造形美といいますか、色彩の美しさとか、波に削られた岩の形など、とにかく自然の美しさに勝るものはないと思っています。自然環境に身を置き、触れたときに、自分の中に生まれてくる作品づくりへのヒントを楽しみにしています。

 

Q:今後の構想などを教えて下さい。

自分と向き合いながら、また先の珊瑚の模様と向き合い続けながら、その時々の自分に正直に、陶芸に向き合い続けていければと思っています。

 

Q:佐々木さんにとって陶芸とは?

作品は自己表現でもあり、その時々の自分の鏡でもあるので、その時々の自分が何を考えているのかを表してくれるものだと思っています。また、つくっている間は、この作業をずっと続けたい、終わりにしたくないという気持ちにもさせてくれ、陶芸は私に至福感をもたらしてくれるものなんです。

最後に、水谷 俊雄さんより一言

作品名:共に照らす

水谷さんは2000年に日展初入選以来、今回で21回めの入選です。日展以外にも数々の賞を受賞されています。

今回の作品は2人が寄り添い、重なり一体化するイメージで制作しました。人体の柔らかく力強い生命感を表現できればと思っていました。

 

「陶工房きまま」は、普段使いの食器などの小品から日展などへの出品のための大作をつくるための指導をしています。僕は、食器や花器からオブジェまで、いずれも得意としていますので、それぞれのご希望に沿ったオリジナル作品づくりのお手伝いができると思っています。

 

体験教室もありますので、ご興味のある方はぜひ一緒につくりましょう。

 

【お問い合わせ先】

陶工房きまま

住所:白井市根1951-25

電話:047-492-8415

関連サイト:Facebook

皆さん、ありがとうございました。

取材日:2023年12月12日

日展はこうして生まれた - 日本の美術振興を目的に

江戸時代の長い鎖国の後、国を開いて外国との交流を始めると、欧米諸国の文化の高さは日本の人々を驚かせました。欧米の国々に肩を並べるために、我が国は産業の育成に努めなくてはいけないのと同時に芸術文化のレベルアップの必要性も強く感じていたのです。 明治33年、当時オーストリア公使だった牧野伸顕は海外の文化事情に肌で触れ、ウィーンを訪れた文部官僚に公設展覧会を開催することの大切さを情熱的に語っています。フランスでは、ルイ14世時代の1667年からサロンで開かれていた鑑賞会が公設展に発展しており、それがフランスの芸術面の高さに大きく貢献していました。 「我が国も公設の展覧会を開き、文明国として世界に誇れるような芸術文化を育成しようではないか」牧野は日本の美術の水準をもっと高めたいという夢を抱いていました。 この夢が実現するのが明治39年です。文部大臣になった牧野はかねてより念願の公設展開催を決め、明治40年に第1回文部省美術展覧会(略して文展)が盛大に開催されたのです。この文展を礎とし、以来、時代の流れに沿って「帝展」「新文展」「日展」と名称を変えつつ、常に日本の美術界をリードし続けてきた日展は百十余年の長きに渡る歴史を刻んできました。 最初は日本画と西洋画、彫刻の3部制で始まりましたが、昭和2年の第8回帝展から美術工芸分野を加え、昭和23年の第4回日展からは書が参加して、文字通りの総合美術展となったのです。 昭和33年からは、民間団体として社団法人日展を設立して第1回日展を開催し、さらに昭和44年に改組が行われました。 平成24年には、内閣府より公益社団法人への移行認定を受け、団体名称を「公益社団法人日展」に変更しました。 平成26年には、組織改革に伴って改組 新 第1回日展と改め、開催することになりました。(※出典:公益社団法人 日展ホームページ

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。