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第24回白井市文化財講演会~守ろう、郷土の文化財!~

2025年6月28日、白井市文化センター中ホール(かおりホール)で講師に国立歴史民俗博物館名誉教授 大久保純一氏を迎え、『歌川貞秀の画業と房総鳥瞰図』に関する講演会が開催されました。

第24回白井市文化財講演会『歌川貞秀の画業と房総鳥瞰図』

主催:白井市教育委員会 協力:白井市文化財審議会

この講演会は文化財所有者をはじめとする市民の皆さん、文化財保護の関係団体の皆さんが参加され、文化財の基礎知識に関する講演に触れて文化財保護思想を普及と反映を図ることを目的とし、白井市文化財審議会の協力をいただき開催しております。

主催者代表あいさつ 白井市教育委員会 井上教育長

本講演会は、白井市の歴史や文化を学ぶ機会を通じて、文化財の保護と活用を一層推進することを目的としております。

 

白井市には旧石器時代から現代に至るまで、数多くの文化財が存在します。その中でも、江戸時代に幕府が設置した「小金牧」は、白井市の歴史を語る上で欠かせない存在です。特に「鹿狩り」は、市内に関連する文化財が多く残されており、当時は江戸の人々の間でも大変話題となったと伝え聞いております。

 

江戸の人々の関心を知る手がかりとして「浮世絵」があります。今回は、鹿狩りの情景を描いた錦絵で知られる歌川貞秀について、国立歴史民俗博物館名誉教授大久保純一先生にご講演いただきます。

 

この講演会の開催にあたり、ご協力いただきました白井市文化財審議会の皆さまに深く感謝申し上げますとともに、ご参加の皆さまの“ふるさと白井”への愛着がより一層深まりますことを祈念し、ご挨拶とさせていただきます。

白井市文化財審議会 古里会長あいさつ

白井市文化財審議会は、市内に所在する文化財の保護と活用を目的として設置されており、その主な役割は文化財の指定に関する審議です。

 

本日は、歌川貞秀の画業と「房総鳥観図」について、大久保純一先生にご講演いただきます。貞秀は我孫子市布佐の生まれで、隣接する地の出身であることから個人的に親しみを感じております。おそらく、そうした背景から牧を題材にした作品も手がけられたのではないかと、素人ながら想像しております。

 

私は普段、埋蔵文化財を担当しておりますが、絵画資料には描かれていないものの、牧に関わる「野馬除土手」が市内各地に残されており、その発掘調査に携わったことがあります。調査は進めているものの、まだ全貌は明らかになっておりません。本日は、絵画の視点からその歴史に迫るお話が聞けることを、たいへん楽しみにしております。

国立歴史民俗博物館名誉教授 大久保純一氏

大久保純一氏 略歴

 

1959年生まれ。日本人絵画史専門で浮世絵や江戸後期の風景表現を主題に研究されています。

1982年東京大学文学部美術史学専修課程卒

1984年同大学院修士課程修了

1985年名古屋大学文学部助手

1987年東京国立博物館研究員

1995年跡見学園女子大学文学部助教授

2000年国立歴史民俗博物館情報資料研究部助教授

2006年「広重と浮世絵風景画」で東大文学博士、2008年教授

2009年04月~2010年03月博物館資源センター長併任

2012年04月~2013年03月副館長併任2019年町田市立国際版画美術館館長

2025年定年退職。すみだ北斎美術館長

 

現在は国立歴史民俗博物館名誉教授、すみだ北斎美術館館長、町田市立国際版画美術館館長。歌川広重や葛飾北斎に関する専門書から一般向けの入門書に至るまで、著書論文が多く浮世絵研究の第一人者として著名な先生です。

特に2025年5月まで開催されていた国立歴史民俗博物館企画展示「時代を映す錦絵」では、プロジェクト代表として新聞各紙にコメントを寄せられています。

大久保先生のちょっぴりユーモア交えた講演会、美術史をひも解くおもしろさが分かった気がします!

※大久保先生の冒頭の講演内容をご紹介します。

 

私の専門は美術史、特に日本美術の分野です。その中でも浮世絵、特に北斎や喜多川歌麿を中心に研究してきました。最近はNHK歴史ドラマの影響もあって、浮世絵業界もにわかに活気づいています。

 

「時代を映す錦絵」展(終了しています)では、江戸時代末期から明治にかけての風刺画や、時事的な題材を扱った作品を中心に展示していました。今回はその展覧会に関連してお話ししたいと思います。歌川貞秀は千葉県ゆかりの人物で、我孫子市布佐の生まれだといわれています。

また、貞秀が得意としたのが「鳥瞰図」です。当時の「一覧図」の流行の中で、白井周辺もたびたび描かれています。今回の講演では、貞秀の画業について簡単にご紹介し、幕末・明治の歴史と彼の作品がどう絡んでいったのかという点に触れたいと思っています。(以下、略)

■鳥瞰図(一覧図)の流行

・高所に視座を仮想し、そこから広い範囲を透視図法的な奥行き感を盛り込みつつ見渡す。

 ⇔伝統的な平行透視にもとづく俯瞰図(洛中洛外図など)とは異なる。

・紙面に広範囲を収めるため、自在に地形を変形させる。

 

●鍬形蕙斎「江戸名所之絵」(享和3年・1803)などの江戸鳥瞰図が人気。日本列島を描く「日本名所の絵」は江戸末期まで摺り続けられる人気作。

 

●葛飾北斎「東海道名所一覧」(文政元年・1818)「木曽路名所一覧」(文政2年)「総房海陸勝景奇覧」(文政初期)など。

 

●斎藤月芩編・長谷川雪旦画『江戸名所図会』(天保5、7年・1834、1836)

 

●歌川広重 蔦屋吉蔵版「東都名所」天保(1830~44)で江戸名所を鳥瞰。

■貞秀の画業

●お騒がせ絵師、貞秀

 『藤岡屋日記』に出る複数の筆禍事件など。

●風景画に見る深い奥行

 天保期の名所絵に見る透視図法的空間の理解。

●地図作者としての経験。

 地理学者鶴峯彦一郎との協業で国絵図を手がける。

●地誌作家としても活躍。

 『大江戸図説集覧』(嘉永6年・1853)

 『横浜開港見聞誌』(文久2年・1862、慶応元年・1865)など。

●鳥瞰図(一覧図)を多作。

・「三国第一山之図」(嘉永2年・1849)に見る富士登山経験が機か。

・地形を湾曲させて画面内に収める手法に鍬形蕙斎らの手法の影響を認める。

・たんなる名所絵だけではなく、将軍家茂の上洛(文久3年・1863)、天狗党の乱(元治元年・1864)、長州征伐(元治元年・1864)、戊辰戦争(慶応年・1848)などの政治状況を反映。

 戦場となったエリアを広範囲で図示し、戦地情報を提供。

・房総地方関連の作

「日本武将祖神関東三社眺望勝景」元治元年(1864)9月

「日本武将祖神鹿島神社眺望之図」元治元年(1864)10~12月 天狗党の乱(画題を欠き、摺色も大きく異なる後摺?あり、「常陸野州道中細見記」と称される)

「利根川東岸弌覧」慶応4年(1868)閏4月 戊辰戦争

 

・貞秀以外の房総鳥瞰図

二代歌川国輝「船橋太神宮ヨリ真間国府台眺望、従上総下総海辺冨士遠望」慶応4年(1868)閏4月

取材日:2025年6月28日

【最後に】大久保純一先生の『歌川貞秀の画業と房総鳥瞰図』講演会を取材させていただき、講演会の途中から取材を忘れ、一参加者として楽しんでしまいました。ほぼ毎年NHK歴史ドラマは毎回視聴していますが、浮世絵の時代背景や題材にも関心を持ち、その一端を垣間見た気になりました。また紙面に広範囲を収めるため、自在に図形を変形させる鳥瞰図の考え方には、万世あらゆることを型にはめて見ることが全て正しい訳ではないと感じ取るに至りました。

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。