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きらめく人たちにインタビュー

全国障害者スポーツ大会に出場、永山弐真選手と成田利明選手が笠井市長を表敬訪問

市内在住の永山 弐真(ながやま ふうま)選手、成田 利明(なりた としあき)選手が見事な成績を収め、笠井市長と井上教育長を表敬訪問しました。

令和6年度第23回全国障害者スポーツ大会(外部リンク)

【開催日】2024年10月26日(土)~10月28日(月)

【場 所】佐賀県佐賀市SAGAサンライズパーク・SAGAスタジアム・SAGAアリーナ

 

種目は陸上競技や水泳、アーチェリーなど全22競技(正式競技14競技、オープン競技8競技)が開催され、市内在住の永山 弐真選手(桜台中学校3年/療育B2)と成田 利明選手(あん摩マッサージ師/視覚障害2級)が陸上競技に出場しました。

(左から)笠井市長、永山 弐真選手、成田 利明選手、井上教育長

永山弐真選手と成田利明選手、笠井市長と井上教育長を表敬訪問

 

永山 弐真選手「陸上競技」

●走幅跳「男子・知的少年」の部 5m86cm 金メダル

●100m「男子・知的少年」の部 12秒06 銀メダル

●4×100mリレー「男女混合・年齢区分なし」47秒02 銅メダル

 

成田 利明選手「陸上競技」

●立幅跳「男子・身体2部」の部 2m22cm 銀メダル※大会タイ記録

●ソフトボール投「男子・身体2部」の部 35m35cm 4位

※立幅跳は今大会、他選手が大会新記録を樹立したため「大会タイ記録」で、順位は2位(銀メダル)となりました。

成田 利明選手から挨拶がありました。

今回は皆さまのお陰で、ソフトボール投で4位、立幅跳で2位(大会タイ記録)の結果を出すことができました。本当にありがとうございました。

私は「成長するためには、感謝の気持ちが不可欠」と思っています。毎日笑顔で私を支えてくれている家族、明るく楽しく接してくれる職場のメンバー、私のマッサージを利用してくださる皆様が「頑張って!」と全国障害者スポーツ大会に快く送り出してくれました。

 

もちろん不安もありましたが、皆さまの気持ちに感謝しながらトレーニングをしていると、良い結果を出すためにはどうすれば良いか、もっと良いトレーニング方法はないのか、プロスポーツ選手のメンタルコントロールはどうすれば取り入れられるか、など自分自身の成長に繋がることをいつも考えていました。

「成長するためには、感謝の気持ちが不可欠」は、あるスポーツ選手の言葉で、トレーニングをしている最中にふと思い出しました。その時に「どんなことでも感謝の気持ちを忘れずにいれば、自分の可能性を広げて成長できる」と実感できました。

 

今大会で良い結果を出せたのは、皆さまの応援や支援があったからこそです。

感謝の気持ちを込めて、ご挨拶に代えさせていただきます。

最後に私が働いている「みらい治療院」で、いつでも皆様のご来院をお待ちしております。感謝の気持ちを込めて精一杯施術をしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

笠井市長と永山 弐真選手、成田 利明選手の対談

令和6年度第23回全国障害者スポーツ大会出場、そして入賞おめでとうございます。

 

永山さんは走幅跳5m86cmで優勝、さらに凄いのは100m12秒06で準優勝、そして4×100mリレーは47秒02で第3位に入賞されました。

 

成田さんは立幅跳2m22cmで大会タイ記録を更新され、ソフトボール投は35m35cmの記録で4位入賞、誠におめでとうございます。

永山 弐真選手

笠井市長:永山さんは中学校陸上部に所属しているのですね。

永山選手:はい。ですが今は引退しました。進学しても陸上は続けて、全日本選手として世界大会を目指しています。

 

笠井市長:陸上競技のどんなところが楽しいですか?

永山選手:自分の記録を超えた時が一番楽しいです。練習は辛いですが、日々の練習で同じことの繰り返しは大変ですが、それを継続することが必要だと思います。

 

笠井市長:その苦しい練習のときは、どんな事を考えていますか?

永山選手:色々な人に支えてもらい、陸上競技を続けさせてもらっています。特に母には1位で表彰台に上る姿を見せたいと考えています。

 

笠井市長:今の気持ちを忘れず、今後の大会の成績も期待しています。お母さんのためにも良い成績を残してください。色々な大会で好成績を残して、ぜひまた報告にきてください。楽しみにしています。

永山選手:ありがとうございます。スタートしてからスピードがのるまでが得意ですが、後半80m位からの伸びと持続が課題ですので、これからの練習で克服していきたいです。

成田 利明選手

笠井市長:いつから陸上競技を始められたのですか?

成田選手:目が見えなくなったのは16歳の頃で、20歳になるころに陸上競技を始めました。去年(2023年)のWBC(ワールド・ベースボール・クラッシック)侍ジャパンの活躍で奮起して、野球経験者ではありませんが、ソフトボールを投げてみたいと思ったことがきっかけでした。そして今年5月千葉県全国障害者スポーツ大会にエントリーしたことから始まり、まさかこんな事になるとは思いもしませんでした。

 

笠井市長:野球経験者でもなく初めてソフトボールを投げて35mも投げたのですか?凄いですね!

成田選手:もっと練習すれば、もっと遠投できるかもしれません。妻と近所の公園で何度か練習して、千葉県の練習会で3回ぐらい練習に参加させていただき、大学陸上競技部のコーチにもアドバイスをいただく機会もありました。

 

笠井市長:仕事はあん摩マッサージ師をされているのですね。

成田選手:印西牧の原駅近くで、ビッグホップ内にある訪問あんまマッサージ「みらい治療院」に勤務して訪問マッサージをしています。

 

笠井市長:成田さんは体も引締まっていますから、ジャンプ力もあるのでしょうね。

成田選手:私は32年前、山形県で開催された1992年第47回国民体育大会(国体)に23歳で出場して、立ち幅跳び2m 50cmの記録を持っています。それから32年程経っていますので、その記録を思い出すと年齢を感じました。

 

笠井市長:今後も陸上競技を続けていただいて様々な大会に出場して、ぜひ報告を聞かせてください。市民に発信することで、皆さんの励みにもなると思いますし、まだまだチャレンジできることを見てほしいです。少しでも多くの人たちに情報提供しながら、皆さんが挑戦してみようと思ってもらえれば嬉しいです。今後の活躍をお祈りしています。ありがとうございました。

しろいまっち編集部もインタビューしました

永山 弐真選手にインタビュー

Q:全国障害者スポーツ大会に出場した経緯を教えてください。

 

永山選手のお母様:特別支援学校の生徒が、毎年千葉県の代表を決めるためのスポーツ大会があって、まずはそこに参加してから代表者を決めます。本来は桜台中学校なのですが、普通の中学校ではエントリー制がありません。過去に長男が県の代表を決める大会に出場した時に大会要項を見ていたら、満14歳から参加できることを知りました。中学生が千葉県代表として出場したことがない事もありました。もちろん白井市から出場した例もないとのことでしたが、兄弟そろって国体に行かせたいっていう思いがありました。本人は受験生なので「一つ自分の自信に繋がればいいな」と思い、白井市役所障害福祉課でいろいろ相談させていただき、白井市から個人でエントリーすることができました。

Q:陸上競技を始めるきっかけを教えてください。

昔からスポーツが好きで部活に入ろうと思った時に、最初はバスケットボール部に入ろうと思ったんですが、団体競技だから他の人に迷惑をかけるのも嫌で、個人種目のある陸上競技部で記録を残そうと考えました。

 

Q:令和6年度全国障害者スポーツ大会を振り返っていかがでしたか?

普段から体調が良くない事もあり、健康面をもっと気をつけていればよかったと思いました。大会が始まる1ヶ月前ぐらいに肺炎になってしまい、あまり練習ができなかった中、今回の記録が残せたので健康面で気を使っていれば、もう少し良い記録が残せたかもしれないと思うと残念です。

 

初めての場所だったので、いつもとは違う雰囲気で、すごく緊張しました。振り返ってみると、全ての事があっという間でしたが、3つのメダルを取れたのが一番嬉しかったです。

Q:これからの目標を聞かせてください。

 

走幅跳で6m30cmから6m40cmを飛ぶことを目標にしています。活躍できるような選手になってパラリンピックに出ることです。パリオリンピック・パラリンピックを見ていて、自分もいつかこうなりたい、あの舞台に出場したいと思います。

 

Q:お母さんに一言お願いします。

 

いつもサポートしてくれて、ありがとうございます。

成田 利明選手にインタビュー

Q:普段のトレーニングに関して、一番今ご自身で注意していることを教えてください。

 

僕も本来体を動かすのは嫌いではありません。土曜・日曜日は雨が降ってなければ、1時間程度ジョギングをしています。学生時代は陸上競技部に所属していました。学校を卒業してからはマラソンに転向して、周辺地域のマラソン大会で、1月に開催される千葉マリンマラソン大会に出場しました。東京マラソンには3回出場し、さらに茨城県土浦市で開催される霞ヶ浦マラソンにも出場しています。

 

88年ソウルオリンピック、92年バルセロナオリンピックと2大会連続で4位入賞した、元陸上競技(長距離種目)選手の中山竹通さんに伴走してもらったことがあります。自宅にも当時の新聞の切り抜きを残しています。富里スイカマラソンにも新型コロナ前までは毎年出場していました。その後、2020年からはマラソン大会へのエントリーはしていませんが、自宅周辺をジョギングするトレーニングを続けています。

 

新型コロナ感染症が5類になって、自分も今度はマラソンではなく、もう一回大きな大会への出場を目指してみようかと思い、今年5月にエントリーして千葉県代表を決めることができました。

 

Q:全国障害者スポーツ大会を振り返っていかがでしたか?

 

県代表選手同士で仲良くなった選手や友人と一緒に、競技中の県選手が出場しているレースを大声で応援したり、開会式はあいにくの雨でしたが、47都道府県の代表選手の入場行進はやっぱり忘れられないですね。あの開会式は印象に強く残っていますね。今振り返っても開会式もよかったと思いますし、全てがいい思い出になりました。

 

Q:我々おじさん達にメッセージをお願いします。

 

「中年もまだまだ捨てたもんじゃないよ」って言いたいです!

お酒をやめれば、もっと記録も伸びたんじゃないかなと思いますね(笑)。

Q:成田選手の今後の目標を教えてください。

 

この健康を維持しつつ、運動は続けていきたいと思います。叶うかどうかは分かりませんが、1500m競技に挑戦してみたいと思っています。32年前の山形国体「べにばな大会」では、立ち幅跳びと1500mに出場しました。その23歳当時の記録は立ち幅跳び2m 50cm、1500mは5分6秒でした。もう32年経過していますので、さすがに5分6秒は切れないと思いますが、5分半ぐらいの目標で1500mを走れたらと思っています。

 

Q:最後に奥さまに一言お願いします。

 

今まで支えてくれて、ありがとうございます!愛してるよ!

永山弐真選手、成田利明選手ありがとうございました。

 

取材日:2024年11月18日

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。