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白井の史跡・文化財

今の白井からは想像できない? 歴史と記憶をたどる「白井の町探検」

2026年10月11日、白井の名の発祥を訪ねる「白井の町探検」が、しろいふるさとガイドの会主催で開催されました。

白井の名の発祥と、木下街道の宿場として栄えた町の歴史をたどる「白井の町探検」は、白井コミュニティセンターを出発し、秋本寺や鳥見神社、みたらしの池を巡る約1時間半の散策です。

しろいふるさとガイドの会(外部リンク)

歴史や文化、自然や生活、地形や地名の生い立ちなど、白井の魅力を学び、それを伝える活動をしています。現地を見て歩きながら、教室で資料や写真を見ながら解説をして、白井の魅力を実感してもらう、散歩の達人です。

 

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「白井の町探検」座学

「白井の町探検」に出かける前に、しろいふるさとガイドの会の市川会長から、今回探検する秋本寺、鳥見神社、みたらしの池について講習を受けました。

 

木下街道の整備は、いつ頃から、そしてどこからどこまでの道なのか、木下街道は昔から木下街道ではなかったこと、また街道にあった6つの宿場についても解説していただきました。白井宿に宿泊した著名人の紀行記録もあるそうです。さらに白井の名前の由来には5つの説があるそうですが、今回の探検には、その由来となった場所の一つも含まれています。

秋本寺~鳥見神社~みたらしの池へ出発!

 

出典:白井の町探検資料より抜粋

木下街道は江戸時代の寛永8年(1631年)、街道の起点をつなぐ街道が整備され、6か宿組合が定められたと記録がある。水戸街道の脇往来として、江戸から下利根川方面への最短路としてこの道が整備された。(略)

 

江戸川筋の行徳河岸と利根川筋の木下河岸の2つの水路を連絡する陸路になる。全長は9里(約36km)で、それぞれの河岸からは船の運航があり、江戸に、そして鹿島や銚子方面に向かうことができる。両河川交通の補完的な役割をもつ街道だった。(略)江戸からの旅行者にとっては木下道や鹿島道、銚子道であり、海道沿線の住民にとっては、江戸道や行徳道と呼ばれることが多かったようだ。当時「街道」と呼ばれていたのは、五街道(東海道、日光街道、奥州街道、中山道、甲州街道)だけで、その他の主要街道は「脇往還」と呼ばれ、目的地に「道」を付けて、異なった名称で呼ばれていた。木下街道の名は明治時代になって定着したもので、現在では主要地方道の「市川・印旛線」の俗称として親しまれている。

旧白井宿

 

江戸時代、白井地区は石高四十五石の旗本今村伝右衛門の支配にあり、木下街道の宿場として栄えた。白井宿は白井橋本村(街道の北側)と長殿村(街道の南側)にまたがり、橋本宿と呼ぶ場合もあった。「鎌ヶ谷村・白井橋本村寄場村々覚」安政~文久期(1854~1863年)によると、森田屋・藤屋(渡辺崋山が宿泊)の2軒の旅籠、3軒の茶屋があり、戸数33軒、人口193人、馬22頭という記録がみられる。(略)

白井市コミュニティセンターを出発します!

木下街道を歩いて探検します。

秋本寺(しゅうほんじ)

 

市内唯一の日蓮宗寺院で、白井山秋本寺と称し、文応元年(1260年)に秋元太郎左衛門尉勝光が邸宅内にお堂を建てたのが始まりとされ、嘉元元年(1302年)に日典上人(日蓮上人の弟子日朗上人(松戸市本土寺を建立)の弟子)が開山したと伝えられる。(略)境内には番神堂があり、しろい七福神の一つ毘沙門天像が祀られていた。

秋本寺の玄関です。

秋本寺は歴史的に謎が多いそうです。

白井鳥見神社

 

創建は不詳。祭神は饒速日命(にぎはやひのみこと)。鳥見神社は物部氏(神武朝より大王家に仕えた氏族で、元々は鉄器と兵器の製造・管理を主に管掌していたが、次第に有力軍事氏族へと成長していった。その後各地に国造を残すなど、有力な氏として活躍していた)とのゆかりがあると言われている。境内には拝殿、本殿、石造鳥居などがあり、本殿は一間社流造(いっけんしゃながれづくり)で覆屋(おおいや)に囲われてみにくいが、旧富ヶ谷村の松丸藤右衛門の氏神の社(やしろ)を大正時代に移築してきたという。(略)白井では「とりみ」と読まれるが、印西・本埜では「とみ」と読まれるところもある。

白井鳥見神社の鳥居にも歴史が刻まれています。

白井の町探検ならでは!氏子会の方が扉を開けてくださり、特別に見学させていただきました。

旧木下道を歩きました。ここを大名行列や大名家臣も、商人も往来していたと思うと感慨深いです。

みたらしの池

 

地目は溜め池で、湧き水を伴い、敷地内には石造鳥居と弁財天が安置されている。昔から五穀豊穣・無病息災の信仰があり、池の水で洗顔したおり、眼病が治癒したとの言い伝えや、池の水でご飯を炊いて美味しく食べたなどの話もある。慶長7年(1602年)の検地帳には「みたらせ」の文字が見え、その頃には信仰があったとも考えられる。

歴史を知ると、いつもの風景が違って見えてくる。そんな発見を、ぜひ皆さんも体験してみませんか?

旧白井宿周辺の版画図「橋本宿絵図下総国印旛郡」を見ることができたり、その昔に白井映画館があった場所を教えていただいたりと、たくさんの新しい発見がありました。

 

白井には、まだまだ知られていない歴史や、地域の人たちが大切に守り伝えてきた物語がたくさんあります。今回の町探検を通して感じたのは、そうした魅力は、実際にその場所を訪れ、ガイドさんの話に耳を傾けてこそ、より深く知ることができるということです。

 

皆さんもぜひ、「しろいふるさとガイドの会」の皆さんと一緒に、白井の歴史と記憶をたどる町探検に参加してみてください。まだ知らない白井に出会えるはずです。

取材日:2026年10月11日

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。