しろいふるさと大使
酒井さんは、南山小学校・中学校の卒業生です。
2025年8月28日、第5期しろいふるさと大使委嘱状交付式が行なわれ、ムード歌謡コーラスグループ純烈リーダー 酒井 一圭(さかい かずよし)さんが、しろいふるさと大使に就任しました。
【酒井一圭さんプロフィール】
白井市立南山小学校、南山中学校卒業。
1985年ドラマ「逆転あばれはっちゃく」の主人公5代目桜間長太郎役に抜擢され子役デビュー。2001年スーパー戦隊シリーズ『百獣戦隊ガオレンジャー』に牛込草太郎 / ガオブラック役でレギュラー出演。2007年ムード歌謡コーラスグループ純烈を結成し、2010年メジャーデビュー。同グループではプロデューサー、リーダー、作詞担当としてグループを牽引、2018年第69回紅白歌合戦に初出場して以降7年連続で出場しています。
酒井さんは、白井市立南山小学校・中学校で学ばれたというご縁から、このたびふるさと大使にご就任いただくこととなりました。
酒井さんは、純烈のリーダーとしてご活躍されるほか、歌手のみならず俳優、さらにはバラエティ番組など多方面で幅広く活動されています。そのような方に白井市のふるさと大使をお引き受けいただき、市内外の多くの皆さまに白井市を広く知っていただけることを、大変うれしく思っております。
これまでにふるさと大使をお引き受けくださった11組12名の中には、オリンピック選手や歌手の新浜レオンさんなど、多彩な方々がいらっしゃいます。
そして今回、新たに純烈の酒井さんをお迎えできましたことは、白井市にとって大きな喜びです。今後、酒井さんのご活躍を通じて、より幅広い層の皆さまに白井市を知っていただけるものと期待しております。
白井市には、小学校6年生のときに、父の転勤で引っ越してまいりました。
中学生時代は、忘れられない思い出があります。野球部に所属しており、3年生のときに最後の夏の大会で惜しくも敗れてしまった試合です。もしあのとき、ピッチャーだった私がもう少し頑張れていたら、あの友人は、もしかすると甲子園を目指せるような高校に進学できていたのではないか…そんなことを今でも思い返します。
現在、私は純烈のリーダーを務めています。プロデューサー的な視点でいろいろなことを考えて行動していますが、その原点は子役時代「逆転あばれはっちゃく」に出演していた頃にあります。当時は東京都多摩市で過ごし、テレビや音楽に触れながら将来の芸能活動を夢見つつ、過ごした場所でもあります。その後、千葉ニュータウンに引っ越してきました。
父は10年前、69歳で亡くなりました。私たち純烈は2018年に紅白歌合戦に出場しましたが、その姿を父に見せることは叶いませんでした。白井市に帰ってくると、父が当時どれほど私たち家族のことを思い、「子どもファースト」で白井市に来てくれたのかを改めて感じます。白井市との出会いがあったからこそ今の自分があり、今日こうしてふるさと大使をお引き受けするにあたり、父がしてくれたことを振り返る貴重な機会となっています。
また、後輩の新浜レオン君も白井市出身で紅白歌合戦に出場されています。つまり、白井市からは紅白の白組に2組も出演していることになります。これからも精一杯、白井市をPRしてまいりますので、ぜひお気軽にお声かけいただければと思います。本日は本当にありがとうございました。
笠井市長:この度は、しろいふるさと大使をお引き受けいただきありがとうございます。
酒井さん:こちらこそ、ありがとうございます。紅白歌合戦に出場する以前に、白井のお祭りにも出演させていただきました。当時は、少しでも顔を売りたいという時期でした。
笠井市長:白井市に来られた当時の印象はいかがでしたか?
酒井さん:当時から比べるとだいぶ変わってきましたね。昔の白井は本当にのどかで、夜は流れ星が見えるほど星空がきれいでした。自転車に乗って夜空を見上げると、空気が澄んでいて本当に気持ちが良かったです。最近では道路が混雑し、ショッピングモールもできて、鉄道の終点も千葉ニュータウン中央駅ではなくなっています。私がいた頃は「白井町」で役場があったのですが、今では市役所もきれいになり、このまちの変化を面白く感じます。
笠井市長:現在の白井市は、都心にも近く、成田空港と羽田空港を結ぶアクセスも良く、緑も豊かなまちです。酒井さんが引っ越された当時は、印旛郡白井町でしたね。
酒井さん:そうなんです。「郡に引っ越すんだ!」とびっくりしましたね(笑)。
笠井市長:時代とともに街並みも変わりましたが、久しぶりに帰ってきた今の白井市の印象はいかがですか?
酒井さん:若い人が増えて、アクセスが格段に良くなったと感じます。私は高校時代、柏まで通っていましたが、当時は松戸経由で柏駅に行き、そこからバス通学でした。今では新鎌ケ谷などへのアクセスも良くなっていて、もし当時こうだったら父の通勤もかなり楽だっただろうなと思います。
笠井市長:学生時代は野球部だったそうですが、思い出はありますか?
酒井さん:市内の強豪少年野球チーム「ランチャーズ」にすごい選手がいて、その選手が中学時代に硬式野球に進むことになり、私はもともとサッカー部だったのですが、その頃に「はっちゃく、野球一緒にやらない?」と誘ってもらいました。球が速かったのでピッチャーをやることになったのですが、当初はストライクがなかなか入りませんでした。でも監督の指導や仲間からのアドバイスでどんどん上達し、野球が楽しくなりました。当時は負け知らずで、ノーヒットノーランやエラーゼロの試合もあり、本当に良いチームで気持ちよく野球をさせてもらいました。
最近では、新浜レオン君がいつもグローブとボールを持っていて、「酒井さん、キャッチボールしましょう!」とよく誘ってくれます。白井から紅白歌手が2組も出ているので、第3の男性歌手が出てもおかしくないと思います。若い人たちにはぜひ歌に挑戦してほしいですね。
笠井市長:芸能界に入ってからの苦労について教えてください。
酒井さん:芸能の世界では、全国から秀でた人たちが東京に集まります。その中で生き残るためには表現者としての力だけでなく、マネージャーさんやプロダクションの方など裏方を含めた多くの人との出会いが、とても大切です。すぐにスターになる方もいますが、それは運やめぐり逢いも大きいです。ただ、あきらめずに自分を磨き続け、自分の引き出しを増やしていくことが重要です。
純烈として今では生活できるようになりましたが、これまでの全ての経験が自分の財産であり、その時々で支えてくれた人や良い影響を与えてくれた方々のおかげで今があります。その「めぐり逢い」を大切にすることが、何よりも重要だと思います。
笠井市長:最後に、白井市の皆さんにメッセージをお願いします。
酒井さん:白井市は都心部と違って高層ビルがなく、広い空を感じられるのが魅力です。子どもたちが育つには、とても良い環境だと思います。
子どもの頃に泥まみれになって遊んだ経験は、大人になっても必ずプラスになりますし、これこそが「ふるさとの思い出」になると思います。大人の皆さんには、子どもたちにあまり制限をかけず、自由に遊ばせてあげてほしいですね。
私も子どもの頃、昆虫採集をしたり、広い範囲で鬼ごっこをしたりして、体力もつきましたし、思い出もたくさんできました。この白井というまちを活かして、子どもたちには思いっきり遊んでもらいたいと思います。
取材日:2025年8月28日
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

純烈リーダー 酒井一圭さん、しろいふるさと大使に就任しました!
酒井さんは、南山小学校・中学校の卒業生です。

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